地下足袋という工芸の歴史と、coppelia lilyを長く楽しむお手入れのコツ

「わたしの名品帖」で扱うMARUGOの「coppelia lily(コペリア リリー)」は、丸五が長年培ってきた地下足袋づくりの知見を背景に生まれた足袋型のストラップシューズです。今回は、現在の地下足袋につながるゴム底足袋がどのように生まれたのか、丸五が拠点を置く岡山・倉敷周辺の繊維産業の歴史、そしてcoppelia lilyを長くお使いいただくための公式なお手入れ方法をご紹介します。

現在の地下足袋につながるゴム底足袋の誕生

現在の地下足袋につながる貼り合わせ式のゴム底足袋は、大正時代に日本足袋株式会社で開発されました。ブリヂストンの公式社史によると、日本足袋は1921年にゴム底足袋の製造に着手し、1922年にはゴム底を縫い付ける方式から、ゴム糊を使って底を貼り合わせる方式の研究を進めました。同年8月には生産に成功し、三井三池炭鉱での試用でも好評を得たとされています。

その後、1923年1月から「アサヒ地下足袋」として販売を開始し、同年10月には関連する実用新案の権利が確定しました。開発は、石橋正二郎・徳次郎兄弟をはじめ、日本足袋の技術者たちによる研究の積み重ねによるもので、特定の一人だけの発明として捉えるよりも、会社として進められた技術開発と見るのが適切です。

石橋正二郎はその後、ゴム製品の製造で培った経験をもとにタイヤ事業へ進み、1931年にブリヂストンタイヤ株式会社を創立しました。地下足袋は、日本の作業履物の歴史だけでなく、日本のゴム工業の発展にもつながる重要な製品の一つでした。

岡山・倉敷に根づく繊維産業

丸五が拠点を置く岡山県倉敷市周辺は、綿作りや織物産業が発展してきた地域です。倉敷帆布の公式資料では、江戸期から児島地区で小倉織や真田紐などの織物が作られ、明治期には足袋製造も盛んになったことが紹介されています。こうした地域の繊維産業の蓄積は、現在の帆布やデニムなどへとつながっています。

丸五の製品の中には倉敷帆布を使ったシリーズもありますが、coppelia lilyのアッパーに使われている別珍は倉敷産ではありません。丸五公式によると、静岡県磐田市で織られた国産別珍を採用しています。肉厚でソフトな肌触りと上品な光沢感が特徴で、足袋型のフォルムと組み合わせることで、作業履物として発展した地下足袋とは異なる、日常の装いに取り入れやすい一足に仕上げられています。

coppelia lilyを長くお使いいただくために

お手入れについては、一般的な別珍素材の情報ではなく、丸五がcoppelia lilyについて案内している公式情報を優先します。

丸五公式では、coppelia lilyは手洗いで洗濯可能と案内されています。ただし、洗剤を使用すると色落ちする可能性があるため注意が必要です。また、表面の毛並みはブラッシングすることで艶を取り戻しやすいとされています。

サイズは22cmから26cmまで0.5cm刻みで展開されています。丸五公式では、履いたときにつま先に0.5〜1.0cm程度のスペースがあるサイズを推奨しています。普段の靴のサイズだけで決めず、足長を確認したうえで選ぶと安心です。

▶ MARUGO coppelia lily を見る


参考:地下足袋の歴史について 株式会社ブリヂストン「ブリヂストン物語」 / 倉敷の繊維・帆布産業の歴史について 倉敷帆布株式会社「史を織る(歴史)」 / coppelia lilyの素材・サイズ・お手入れ方法について 丸五公式 MARUGO Wellness「coppelia lily」

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